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Race and the Yugoslav region by Catherine Baker

8/24/2020

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社会主義ユーゴスラヴィアが解体してから30年が経過しようとしている。その後発生した凄惨な「民族紛争」は、未だに継承諸国とその土地に生きる人々に何らかの傷跡を残している。そのためか、これまでユーゴスラヴィア研究の多くは「民族問題」あるいはそれに由来する「暴力」の問題に多大な注意を払ってきた。しかしながら、そうしたドメスティックな問題にばかり関心が高まる一方で、ユーゴスラヴィアと世界との繋がりが見えにくくなっているのではないだろうか。この地域をフィールドにする研究者の多くは少なからずそうした苛立ちを共有している。キャサリン・ベイカー (*1) の新著は、この新たな課題に応えてくれる良書である。以下その具体的内容を概観したい。
 序章「人種はユーゴスラヴィア地域といかなる関係を持っているのか?」で語られる通り、オリエンタリズムに隣接した「バルカン主義」とも言える分析枠組みで以て、知的生産の現場である「ヨーロッパ」からユーゴスラヴィア地域への眼差しは固定化されてきた。特にユーゴスラヴィア紛争を契機としたエスニシティへの注目は強固な外壁を成している。ただ著者の注目はむしろその内部でいかなる「バルカン化」を巡る言説の内在化と再生産が図られているかに向けられている。その上で著者は、グローバルな人種観念の流通を歴史的観点から捉えなおし、旧ユーゴを舞台にいかなる政治文化的地盤が構築されてきたか再考する試みを進めていく。
第1章では幾分奇妙なことに、ポピュラー・ミュージックの世界的展開を背景として、旧ユーゴでいかなる音楽産業を通じた人種表象が見られるか丹念に分析している。この着眼点は、ベイカーが最初の著作でユーゴ紛争時の音楽産業とナショナリズムの関係を取り上げたことを彷彿とさせる。その際、黒人/白人といったステレオタイプ化された人種レトリックが旧ユーゴ地域内のエスニシティ的カテゴリーと混合されることで、独自の政治文化が生成されていることが特筆されている。
 第2章では南東欧地域における異人種との接触という歴史的経験を踏まえながら、オスマン帝国期からの人種理論の生成について詳しい解説を行っている。第3章ではその系譜に基づきヴェネツィア帝国との関係性を踏まえたクロアチアにおける人種観の在り方、さらに社会主義期における(現在は幾分忘却された)「白人性」への接近について、非同盟諸国間の交流や大衆文化の影響を引きながら詳述している。東西に挟まれた旧ユーゴ地域の歴史的かつ地政学的環境を踏まえれば、その人種観がダイナミックな生成を遂げていたことに気づくだろう。
 さらに第4章では、ユーゴ紛争の経験からその後の国際社会からの介入などを通じた人種観の再構築の過程が辿られている。特にボスニア紛争に応じて難民問題が西欧側で懸念されたこと、さらに中東危機に伴い2015年以降はイスラム系の難民がEU圏内に流入したことを鑑みれば、欧州全土において新たな人種観の構築が進んでいることも想定され得るだろう。ベイカーがとり上げるグローバルな舞台での人種観の生成という問題意識は、その現在の世界的情勢を考慮した上で編まれたものと言える。特に本章で分析の視角に上げられるのは、「人種化」という問題軸である。集団カテゴリーとしてのエスニシティと人種の重なりは旧ユーゴ地域で出現した歴史的問題だが、コソヴォ難民などが西欧側からのレンズを通して人種カテゴリーのスティグマを付与される現状が提示されている。

 あらためてベイカーが把握する旧ユーゴ地域の歴史的枠組みに目を向けると、それは西欧側を主体とする「帝国」の周縁であり、冷戦期の社会主義陣営の一部であったという認識が強固に存在していることが伺える。それと同時に本書内の議論はサバルタン・スタディーズの影響を強く受けていることが推察される。ポップ・ミュージックのような媒体を通じて大衆層の人種観を問う試みから本書が開始されていることはその表れだろう。また最初に述べたように、ベイカーは旧ユーゴ地域、そしてバルカンに投げかけられた西欧側からの「植民地」的な眼差しに批判的視線を向けながら、結論部でも指摘するように、それと同時に大衆側での受容とその内部でのオリエンタリズムの再生産を明らかにしている。ただしその原因を従来の研究手法のようにバルカンの歴史的伝統として回収せずに、ポスト・コロニアリズム的理解に依拠しながら、グローバルな言説生産の権力構造の影響を意識的に論じている点が特筆される。
 近年人種カテゴリーを巡る議論は歴史学上でも隆盛を迎えている。その一方で旧ユーゴ地域では民族問題の歴史を問うばかりで、その構造を再生産する人種認識の問題についてはさほど問われてこなかった。ベイカーの著作が提示する様々な事例はその課題を巡る歴史的構築性を解明するための糸口であり、グローバルな文脈に根差したユーゴ研究を進める一つ展望を提示するものとなるだろう。(門間)

*1 著者Catherine Bakerは現在英国のハル大学で講師を務める研究者である。ポスト冷戦史(国際関係・文化研究)を専門領域にしており、特に戦争および軍と大衆文化の関係、国際的事業に関わる文化政策、LGBTQなどに関心が強い。

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